46『“二撃必殺”作戦』



 そしてその者達は闘いに臨んだ。

 それぞれの想いを胸に秘め、
 それぞれの使命を肝に命じて。

 ある者は陽動作戦の工作に、情報収集に奔った。
 ある者は自軍の要と言える場所を守って戦った。
 ある者は敵の陣を崩すため、そこに斬り込んだ。

 皆それぞれの役割を果たすために闘った。
 命を懸けて闘った。
 自分達の勝利だけを信じて闘った。

 そして彼らは……



 大災厄の暴風、乱風の中、安定した飛行を続ける《アトラ》の上でそれぞれの弟子達は目の前に見える巨大な蛇の姿に戦慄していた。

「あの化け蛇か!? グランクリーチャーっちゅーの!」
「ああ、間違いねー! あそこにファルがいるはずだ!」

 確かによく見てみれば化け蛇の正面あたりに、三つ小さく人影らしきものが見える。
 あそこに自分の師匠がいる事をリクは知っていた。
 そのファルガールと一緒にカルクがいる事をカーエスは知っていた。
 さっき一度だけ炎が上がったのをみて、フィラレスはマーシアがそこにいる事を知った。

 それぞれ尊敬する魔導士と共に闘う。
 そう考えると三人は恐怖を忘れ、それぞれ誇らしい気持ちになった。


《そろそろ奴に見付かって攻撃されても可笑しくない。闘いの準備をするがよい》
「わかった!」

 《アトラ》の言葉に答え、リクはグランクリーチャー《グインニール》を見据えた。

「しかし、あの化け蛇どないして倒すん? お前、もう魔力残ってへんのやろ?」
「ああ、すっからかんだ」

 もっともなカーエスの質問にリクはしれっと答える。
 その様子にカーエスはあからさまに眉を潜めてみせた。

「……ここまでカッコつけて来といて策無しやったら、マジでこっから突き落とすで?」

 小脇に両手を構え、じりじりとリクににじり寄るカーエス。
 リクはそれを小さく手を振って止めようとする。

「まあ、早まるな。策は無いわけじゃない。考えてみろよ、策無しなら何のためにフィリーを連れて来たと思ってるんだ?」

 確かにカーエスはともかく、周りに仲間がいる状況では闘えないフィラレスがここにいても意味が無い。
 だが、彼女の協力を仰ぐ理由の可能性はたった一つだ。

「まさか“滅びの魔力”で!?」
「正解。さすがエリート揃いの魔導研究所勢」
「でも、フィリーはアレをコントロール出来へんねんで? 一直線に全部の魔力をあの化け蛇にぶつけられるんやったらともかく、フィリーやったら力が分散してもうて、それもままならんやろ?」

 カーエスの言う通り、今のままのフィラレスの魔導制御では“滅びの魔力”は今まで通り、彼女の意識したところ全てに導かれ、分散するだけだ。
 標的《グインニール》に彼女の“滅びの魔力”の手を向けるのが理想なのだが、今の彼女ではむしろより近くにいるリクやカーエス、《アトラ》に“滅びの魔力”全てが襲い掛かる可能性の方が高いだろう。

「フィリーだったら、な」

 意味ありげな言葉と共にカーエスの質問に返したリクの表情は、そんな分の悪い賭けをする男のものとは思えないものだった。


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 《グインニール》正面の上空を旋回している白い鳥の真下。同じくグランクリーチャーの目の前で頑張っているファルガール達である。

「“二撃必殺”作戦開始だ! カルク、詠唱の間、防御魔法を頼む!」
「待て、あそこにリクがいる保証は無い、チャンスは一度きりしか無いんだぞ」

 以前にファルガールが考察した通り、《グインニール》は自らの存在を危うくするような魔法を喰らうと、転生でもするように青い光で出来た巨大蛇に姿を変える。
 それ故に一撃ではこのグランクリーチャーを葬ることは出来ない。青い光の姿になってから三度水流を放つ前にもう一度仕留めなければならない。
 グランクリーチャー《グインニール》を倒せるくらいの大きな攻撃魔法を唱えられる人物は二人、ファルガールとリク、それぞれ一発ずつだ。
 それを外すと、後はもう無い。

「一度きりしか無いんだ。もっと確かめてから……」
「頼む、信じてくれ!」

 珍しく焦燥感を露にして、ファルガールは言葉を遮った。
 カルクとマーシアにはあの白い鳥にリクが乗っていると分かる要素は何も無い。
 しかしファルガールは、その白い鳥《アトラ》のことをリク自身から聞いていたので確信していた。あそこには間違い無くリクがいると。

「時間が無ぇんだ。アイツはまだこの化け蛇が一撃じゃ死なねぇことを知らねぇ。」
「あっ……!」

 ファルガールの言葉に、カルクが声をあげる。
 ジルヴァルトとの決戦前、ファルガールはリクにグランクリーチャーを倒すための策を授けた。しかし、その時は教えたファルガールも《グインニール》に一撃必殺が通用しないことを知らなかった。だからリクは今も《グインニール》が一撃必殺で倒せると思っている。

 カルクはしばらく《アトラ》とファルガールを交互に見たが眉間に皺を寄せ、ぐっと目をつぶって空を仰ぐ。
 そして意を決したように目を開いた。

「行くぞ、ファルガール! 焦って仕損じるな!」
「ああ、任せておけ!」
「火には水となり、風には土となる、斬る者あれば固くなり、殴る者あれば弾力を得ん、その特性は臨機応変、行うは武力の妨げ。我が纏いし《七色の羽衣》は如何なるものも拒絶する!」

 天に掲げた掌から光の膜が広がった。それはカルク自身を、マーシアを、そしてファルガールを包み込む。
 信頼できる絶対安全圏の中でファルガールは《ヴァンジュニル》を構えた。その先端に余すことなく魔力を注ぎ込むと、二叉の矛の先に大きな雷の玉が膨らんで行く。

「龍の如く天翔ろ、雷光! 鼓のように天響け、雷鳴! そして天堂に座す雷の神よ、我が声に応えよ! 罪とされし彼の者に、最後の審判をいざ執り行わん!」

 ファルガールが一度《ヴァンジュニル》を天に突き上げると、雷の玉が天上に舞い上がり、あっという間に大災厄の暗雲の中に潜り込んだ。

「ここに降れ、御名における神鳴る裁き!」

 そしてファルガールは詠唱を完了させる。

「《蒼き神罰の御鎚(みづち)》!」

 カッと暗雲立ち篭める大空が光ったかと思うと、次の瞬間、柄の無いハンマーが天から振り降ろされたかのように、天から蒼い稲妻で出来た円柱が降って来た。
 その稲妻の柱は呆気無くグランクリーチャー《グインニール》の巨体を完全にその内に飲み込み、押しつぶす。


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「な、何や、何や……!?」

 《アトラ》の上にいる全員が雷鳴に耳を塞ぎ、閃光に目を細めた。
 今倒そうと思ったグランクリーチャーが突然起こった太い円柱状の雷によって飲み込まれ、押しつぶされてしまった。

「ファルだ! これはファルの雷だ!」

 しかしどういうことだろう。はじめからあんな一撃必殺が出来るのならば、リクに策を授ける必要は無かったはずだ。
 一同顔を見合わせるが答えは見えない。

「取り敢えず全部終わったっちゅーコトか?」
《いや、まだ、終わってはいない》

 カーエスの疑問に答えたのは《アトラ》だ。

「どういうことだ? 《アトラ》」

 聞き返すリクに《アトラ》は長い首を下に向け、嘴で地上を指す。

《見ていれば分かる》

 三人はそれぞれ《アトラ》の背から身を乗り出し、下を覗いてみた。
 《アトラ》は彼らが見やすいように少し離れた位置まで退いた。

 ファルガールの最強魔法《蒼き神罰の御鎚》で生み出された蒼い稲妻の柱は未だその場に留まり、バチバチと紫電を周囲に散らしている。
 一見この稲妻の柱は天から地まで貫いているかのように見えたが、その稲妻の柱の下に、何か青い光のようなものが見えた。稲妻の柱も同系色の色なので気付きにくいが、確かにそれは稲妻とは別のものだ。

「……! アレは……!?」

 その稲妻の柱が不意に少し持ち上がった。
 そしてその下にあった青い光の正体が明らかになる。それは青い光で出来た一匹の巨大な蛇だった。柱の下でとぐろを巻いて踏ん張り、必死で頭の上に乗った稲妻の柱を持ち上げようとしている。
 その後、その蛇はどうにか口を上に向けて開いた。
 次の瞬間、その光の巨蛇の身体からは想像出来ない量の大水流が口から天に向かって吐き出された。

 大水流は《蒼き神罰の御鎚》とぶつかり合い、激しく火花が起こり、あたりに紫電を散らす。
 一進一退ながらも、大水流は徐々に蒼い稲妻の柱を持ち上げて行く。
 そして遂に、ある時点を境に大水流は一気に稲妻の柱を押しきり、飲み込んだ。稲妻の柱に水の柱が取って変わる。
 天に向かって吐き出された大水流は桶をひっくり返したような大雨となった。
 その雨は《蒼き神罰の御鎚》の影響で帯電し、青く輝いており、戦場となっている一体が青く光る雨が降り注ぐという幻想的な景観となっていた。

 その雨を浴び、勝利の雄叫びでもあげるかのように、青い光の巨蛇《グインニール》が咆哮を上げた。

「な、なんちゅー化けモンや。あんだけ強力な雷を押し返しよったで」

 カーエスも雨を浴びながら、その信じられない光景に息を飲む。
 リクはというと、やはり驚愕に支配された面持ちで天に向かって吠える青い光の蛇を見つめている。

「あの光の蛇は……」
《さっきの化け蛇、グランクリーチャーだ。そしてあれが真の姿》
「真の姿?」

 聞き返すリクに《アトラ》は再び《グインニール》に接近しながら答えた。

《さっきまでのあの姿は鎧兜を身に付けた甲冑騎士と同じだ。その状態で自らの存在が危うくなるような強力な攻撃を受けると鎧兜を脱ぐように普段の姿を捨て、中身の真の姿を晒す。
 この“転生”の能力はほとんどのグランクリーチャーが持っており、真の姿になると大抵比べ物にならないくらい強くなる》
「厄介だな……」

 リクがそう漏らしたのを聞いて、《アトラ》はさらに続けた。

《確かに厄介だが、グランクリーチャーは真の姿の時でないと止めは刺せない。“転生”の能力を使うグランクリーチャーは何発か強力な攻撃を放った後、元の姿に戻るのがほとんどだ。今のうちにケリを付けなければまた元の化け蛇に戻ってしまう可能性が高い》

 リクはすっくと立ち上がり、《アトラ》の前方に見える青い光の巨蛇を見据えた。だが彼はそれきり押し黙ってしまった。《アトラ》は背中に小さな震えを感じる。
 そんなリクに《アトラ》は話し掛けた。

《どうした、臆したか?》
「まさか、ただの武者震いだよ。よし《アトラ》、戦線布告だ! あの化け蛇に一発挨拶をくれてやれ!」
《心得た》

 《アトラ》は前方の青い光の巨大蛇に向かって嘴を開く。その嘴の中にエネルギーが溜まって行き、それは光熱波として巨蛇に向かって放射された。
 その時、青い光の巨大蛇《グインニール》はファルガール達に向かって例の大水流を放とうと、身体を仰け反り、口を開いているところだった。
 そこに光熱波が直撃し、《グインニール》は誰が邪魔をしたのかと責めるように《アトラ》とその上にいるリク達に視線を向ける。
 《グインニール》とリク達の目が合った。

 リクはその蛇に向かって中指を立てた。
 その隣でカーエスも親指を下に向けて突き立てている。
 そして思い思いに宣戦布告をした。

「行くぞ、化け蛇!」
「掛かって来いやァ!」

 《アトラ》も青い光の巨蛇に向かって吠えた。
 分かったのか分からないのか、《グインニール》はそれに答えるように彼らに向かって空気を震わせるような咆哮を上げ、大水流を放たんと口を開き身体を仰け反らせる。
 《アトラ》もそれに応じるように嘴を開き、その中にエネルギーを溜める。

 放つのは《アトラ》の光熱波の方が早かったが、それが届く前に《グインニール》は大水流を吐き出した。
 それは《アトラ》の光熱波を呆気無く吹き飛ばし、リク達に迫る。

「火には水となり、風には土となる、斬る者あれば固くなり、殴る者あれば弾力を得ん、その特性は臨機応変、行うは武力の妨げ。我が纏いし《七色の羽衣》は如何なるものも拒絶する!」

 大水流がリク達を押し流すその直前、カーエスの魔法によって《アトラ》を含めた全員を虹色の光の膜がリク達を包み込んだ。大水流が、その外側を流れて行く。

「ナイス、カーエス!」
「防御は任しとき! これでも“完壁”のカルク=ジーマン先生の弟子やからな! って、あわわっ……!?」

 カーエスが行った時、膜の一部が大水流の水圧にベコンと凹んだ。
 彼は慌ててそれを修正した。だがそれに気を取られている間に別のところが危うくなり、カーエスはやや混乱気味にその対応に追われている。

 《七色の羽衣》は敵の攻撃に対し臨機応変にその性質を変える能力を持つ障壁だ。だが、その障壁の性質をコントロールするのは術者である。
 つまり敵の攻撃を常に神経を張り巡らせて感知し、それに合わせて常に微妙な魔導を行わなければならないという、魔力より神経に負担の掛かる魔法だ。《七色の羽衣》を制御しながら喋るなどという芸当が可能なのはカルクくらいのものだ。

「危なっかしいなぁ。……けど任すしかねーか」

 防御魔法の制御に四苦八苦しているカーエスを見てリクはそう漏らした。そして隣にいるフィラレスに視線を移す。

「よし、俺達も始めるぞ」

 彼の声にフィラレスは浮かない表情で頷いた。


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「さぁて、後は高見の見物だな」

 自分の中で最強の魔法を使ったことで魔力尽き果てたファルガールは、先程まで降っていた雨で水浸しになった地面に大の字に寝転びながら言った。
 その頭のあたりにマーシアが座り込んでいた。
 カルクもその傍に腰を下ろす。

 三人の視線は頭上の《アトラ》に向けられていた。
 今、その《アトラ》は《グインニール》の放った大水流に飲み込まれてしまっている。

「無事かな、アイツら」
「大丈夫だろう。飲み込まれる直前に《七色の羽衣》が発動するのが見えた。まさかあそこにカーエスもいるとは思わなかったが」

 言葉の割に気の抜けた口調のファルガールの言葉にカルクは律儀に答えた。
 続けてファルガールに尋ねた。

「そろそろ教えてくれても良いんじゃないか? どうやって、リクがあの大災厄に打ち勝つのか」
「そりゃ、決まってるだろ。一撃必殺のアレでだな…」

 だるそうに答えるファルガールのその言葉をカルクは途中で遮る。

「あのジルヴァルトとかいう者を相手にしてそんな余力が残っているとは思えんがな」
「大丈夫だろ。アイツ根性あるからな」

 それを聞いたカルクは空中から目を外し、ファルガールをじろりと睨んだ。
 そんなカルクにファルガールは両手をあげて降参の意を示す。

「……分かったよ。確かにあのジルヴァルトとかいう奴は強ぇ。アイツに勝っても余力はほとんど残ってねェだろうな。
 というか元々、俺の《蒼き神罰の御鎚》みたいなでかい魔法はまだ出来ねぇんだ。ああいうのは先ずレベル7の魔法武具の召喚が出来るようになって、それを使い込んで熟練するようになってからでねぇと出来ねェからな。
 あのジルヴァルトとかいう野郎に勝って来たところを見ると魔法武具の召喚自体は出来るようになったらしいが、まだ出せるようになっただけだろ」
「それじゃどうやって倒すつもりだったんだ?」

 ファルガールはちろりとカルクに視線を移し、不敵に笑ってみせた。

「リクとカーエスだけじゃねーんだよ。あの鳥に乗ってるのは」

 そしてその視線をマーシアに向ける。
 その意味深長な言動にマーシアはハッとして言った。

「……まさかフィリーも!?」
「そう言うこった。……あの嬢ちゃんだろ? “滅びの魔力”を持ってるってのは」
「どうして分かったの?」

 マーシアの記憶している限り、ファルガールがフィラレスに会ったのは初日の酒場での再会の一度きりなはずである。
 不思議そうに尋ねるマーシアにファルガールは空中に視線を戻して答えた。

「存在は噂で聞いてた。あとは魔導研究所の最先端の魔導技術の詰まった最新の魔法アクセサリー。それでも魔力は封じ切れてねぇときた。そうなりゃ可能性は一つだろ?」
「確かにあのコの魔力ならグランクリーチャーも倒せると思うけど、あのコは自分の魔力を制御出来ないのよ?」
「分かってるよ」

 ファルガールは一言で答えた。制御できるくらいならあんな魔封アクセサリーなんてものは要らない。
 ならどうして、と自分に問いかけるカルクとマーシアの視線を受けてファルガールはにやりと笑って続けた。

「あの嬢ちゃんだったら、な」
「どう言うことだ?」
「まだ分からねェか? 何のために力を使い果たして、一見役に立たねぇアイツがあそこにいると思ってるんだ?」

 その言葉にカルクとマーシアは顔を合わせる。
 今判明している白い鳥の搭乗メンバーの中でファルガールの言う条件に当てはまる人物は一人しかいない。

「「……まさか!?」」
「そう」と、ファルガールはやっと分かったか、とでもいうようにため息をついて続ける。

「リクなら“滅びの魔力”を制御できる」

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